大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)636号 判決 1958年2月17日
控訴人 岡西武夫
被控訴人 井田磯太郎 外七名
主文
原判決を取消す。
本件を神戸地方裁判所に差戻す。
事実
控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人等は控訴人に対し神戸市生田区北長狭通六丁目一七番地宅地二七二坪五合二勺の内それぞれ別紙図面に表示する部分を目的とする控訴人(賃貸人)と当該被控訴人(賃借人)間の賃貸借契約の存続期間は神戸市の施行する区画整理が同地に実施されるまでであることを確認する。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人等の負担とする。」との判決を、被控訴人小島春治を除く被控訴人等の訴訟代理人等は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
控訴人訴訟代理人の事実上の陳述は「山本健治は昭和三二年二月一三日死亡し、被控訴人山本はるゑはその妻として、同山本嘉世子同山本豊司同山本紀代子同山本哲夫同山本和子の五名はその子として右健治の控訴人に対する本件土地についての賃借権を共同相続した。控訴人と右山本健治、及び被控訴人井田同小島間に成立した本件土地の使用に関する契約は同地に神戸市施行の区画整理が具体的に実施されるまでに限られた一時使用のための賃貸借であるが、被控訴人等は右存続期間の定めのある点を争うにつき、その確認を求めるものである。」と述べたほかは原判決事実摘示に控訴人の陳述として摘示するところと同一(但し原判決第三葉表終から五行目に「山下」とあるは「山本」の誤記と認める)であるから、こゝにそれを引用する。
被控訴人井田の訴訟代理人は答弁として「控訴人は結局係争賃貸借関係が神戸市の施行する区画整理の実施された後の換地又は換地予定地に及ばないこと、換言すれば、将来指定されるべき換地又は仮換地については当被控訴人に賃借権のないことの確認を求めるものであるが、そのような将来の法律関係に関する確認の訴は即時確定の利益を欠く不適法なものである。仮にそうでないとすれば、当被控訴人が控訴人からその主張の土地を賃借中であることはこれを認めるが、その余の控訴人主張事実はこれを争う。」と述べ、
被控訴人山本はるゑ以下六名の訴訟代理人は「控訴人の指示するところによつては係争賃借権の目的土地を明確に特定することができないから本訴はその申立が一定していない不適法なものである。仮にそうでないとしても、本訴は神戸市の特別都市計画実施上将来指定せらるべき換地又は仮換地の賃借権の不存在の確認を求めるものであつて、現在の権利又は法律関係に関するものではない。仮にそれが換地又は仮換地の指定あるまでの不確定期間に関する確認であるとしても、結局その争は将来換地又は仮換地の指定のあつた場合に発生すべき法律関係に関するもので現在の賃貸借関係には何等関係がない。右いづれの点から見ても本訴には即時確定の利益がない。仮にそうでないにしても本訴の確認は係争賃貸借関係そのもの確定を求めるものではなく、その存続期間のみに関するものである。以上の理由により本訴は不適法として却下せらるべきである。仮にそうでないとすれば、控訴人と山本健治間に昭和二五年一月一七日控訴人主張の土地につき賃貸借契約が成立し、昭和三二年二月一三日同人の死亡により当被控訴人等がその賃借権を共同で相続したことはこれを認めるが、その賃借権は控訴人主張のような不確定期間を定めた一時使用を目的とするものではない。もつとも、控訴人と山本健治間に作成された本件賃貸借の契約書(甲第二号証)には「甲(控訴人)は乙(山本健治)に対し神戸市都市計画により市に引渡するにいたるまで………一四坪の土地(本件土地)を使用することを認める」との文句が使用してあるが、元来当被控訴人等先代は右契約書作成以前から店舗として相当長期の使用に耐えうる建物の所有を目的として本件土地を使用していたのであり、右契約は同様目的のために結ばれたものであるから一時使用の目的のものでないことは明かであるが、右文句は土地の賃貸借は堅固な建物の所有を目的とするものでも普通一応短期の期間を定める世間の例に做つたに過ぎないものであるから、その文詞に捕はれて本件賃貸借を一時使用のためのものであると見るべきではない。」と述べた。
被控訴人小島は原審及び当審を通じ本件口頭弁論期日に出頭しないのみならず、答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。立証として控訴人訴訟代理人は甲第一、二号証を提出し、被控訴人井田の訴訟代理人は甲第一号証の成立を認め同第二号証は不知と述ベ、被控訴人山本はるゑ以下六名訴訟代理人は甲第一号証は不知同第二号証の成立を認めると述べた。
理由
控訴人は本訴において、神戸市生田区北長狭通六丁目一七番宅地二七二坪五合二勺の内別紙図面に示す各部分につき被控訴人等(賃借人)との間に現に存続する賃貸借関係は、同地に神戸市施行の区画整理の実施されるまでとの期間の定めある一時使用のためのものであるが、被控訴人等は右期間を争うからその確認を求めるというのであるに対し、被控訴人山本はるゑ以下六名は係争賃貸借の目的土地が控訴人の指示によつては確定し難いというが別紙図面に記載された表示をもつてすれば現地につき控訴人主張の土地の部分を確定することができると認められるから右主張は当らない。しかして被控訴人小島が訴外において控訴人主張の賃借期間を争うている事実は同被控訴人が本件口頭弁論期日に出頭せず又答弁書その他の準備書面を提出しない態度から自白したものとみなされるし、その他の被控訴人等が右控訴人主張の期間を争うことはその答弁によつて明白であるから、本訴は現に争のある法律関係の確定を目的とするものであつて、これを求める利益があるものと解される。被控訴人小島以外の被控訴人等は、本訴は結局将来神戸市の区画整理の実施により指定される仮換地又は換地に同被控訴人等の賃借権が及ばないこと、すなわち、その土地を目的とする賃借権の不存在に関するものであるから、将来の法律関係の確定を求めるもので確認の利益がないと主張するが、控訴人の求めるところは仮換地に関する法律関係ではなく、別紙図面表示の土地につき現に存する賃貸借関係の存続期間に関する確認であることは前記申立の趣旨及び原因により明かであつて、もとより現在の法律関係の確定を求めるものであり、同被控訴人等の右主張も又採用し難い。被控訴人山本はるゑ以下六名は右存続期間の争は将来神戸市が仮換地又は換地を指定した時に初めて起る問題であるから本訴は将来の法律関係の確認を求めるものであるというが、現に存する賃貸借関係が何時まで存続するかの期間の争は現在の法律関係の争であつてその期間の終了の際起る争ではない。次に同被控訴人等は主たる法律関係である賃貸借そのものについては争がないのであるから、その内容の一部である存続期間のみについての争の確定を求める本訴は不適法であると主張するが、賃貸借期間は賃貸借の内容であるからそれについての争はとりもなおさず賃貸借関係そのものについての争であつて、それを確定する実益のあること叙上の如くである以上、その争が特定の法律関係から見て内容の一部に関するものであることは確認の訴の成立に何の支障もないと解すべく、右被控訴人等の主張はいづれも採用できない。
果してそうだとすれば、本訴はその争の内容に立入つて判断すべき利益ある適法な訴であるが、原審は、その判決主文において控訴人の請求を棄却し、一見実体的判断をしているような観があるが、その理由を検討すれば、結局本訴は確認の利益を欠く訴であるとしてその係争法律関係の存否につき判断をしていないことが明かであるから、原判決は失当であつてこれを取消すべく、本件は、原審が実質的には訴を不適法として却下した場合であり、しかも却下された請求はその表現の当否は兎も角として結局当審において訂正された趣旨と同一の請求であると見るべきであるから、民事訴訟法第三八八条に則りこれを神戸地方裁判所に差戻すことゝし、主文の通り判決する。
(裁判官 大野美稲 石井末一 喜多勝)
控訴状添付目録の附図<省略>